ショートコント「貧困」
2009年6月25日 日常 コメント (1)パーマかけた自分を想像するため、みつ編みお下げにしてケープで固定中。テーマは、色気づいた中学生。いやあの、コテってさ…難しいよね。扱える気がまったくしない。そんなわけで古典的なみつ編みパーマ法に頼ってみました。
この歳で黒髪のお下げはむちゃくちゃ怖いです。お見せできなくて残念です。
「髪色明るくしたらどうですか」って言われて「ああ白髪が目立たなくなって良いかも」って思いましたごめんなさい。
パーマかけようかなと思った理由は、縮毛矯正より楽そうだからですすみません。
完全にオバチャン的手抜き発想。
この道をゆけばどうなるものか。
たぶん大仏パーマに行き着くと思います。
ガンダーラ、ガンダーラ。
愛の国、
ガンダーラ。
この歳で黒髪のお下げはむちゃくちゃ怖いです。お見せできなくて残念です。
「髪色明るくしたらどうですか」って言われて「ああ白髪が目立たなくなって良いかも」って思いましたごめんなさい。
パーマかけようかなと思った理由は、縮毛矯正より楽そうだからですすみません。
完全にオバチャン的手抜き発想。
この道をゆけばどうなるものか。
たぶん大仏パーマに行き着くと思います。
ガンダーラ、ガンダーラ。
愛の国、
ガンダーラ。
「新世紀エヴァンゲリオン」今の学生は意外とみんな知っててびっくりします。去年なんか使徒の名前まで全部言えるど詳しい子もいて、リアルタイムで見てた私ですら度肝を抜かれました。
「サキエル、シャムシエル、ラミエル、ガギエル、イスラフェル……、ロクハナさんも何かひとつくらいは覚えてませんか??」
えっ?!え!えっと……
「……エグザエル」
「どうして素直に『覚えてない』って言えないんですか……」
※「EXILE」のカナ表記に若干無理あってごめんね。
「サキエル、シャムシエル、ラミエル、ガギエル、イスラフェル……、ロクハナさんも何かひとつくらいは覚えてませんか??」
えっ?!え!えっと……
「……エグザエル」
「どうして素直に『覚えてない』って言えないんですか……」
※「EXILE」のカナ表記に若干無理あってごめんね。
「少年サンデー」50周年、まずはおめでとうございます。
50周年記念号の付録が、歴代のサンデー連載マンガ家さんたちによる「おめでとうコメントとイラスト」だったんですけど、一緒にそれ見てたバイトの男の子が、皆川亮二のことも河合克敏のことも「知らない。聞いたこともない」とかおっしゃりやがりなさいまして、「キサマ!!男の子のくせに『ARMS』も読んでないのか!!」と、ロクハナ一人、延々キレまくっていたそうです。夜中3時のマンガ喫茶で。
そんなわけで今日は、「ARMS」です。
河合克敏はいずれまた(えええっ、後回し?!)。
最近ワイド版が出ました。「ARMS」です。アームズ、と読みます。主人公の少年たちが、身体に移植されたナノマシンを武器に、謎の組織と戦う王道少年マンガです。おわり。
こんなに説明が簡単なマンガなのに(3行しかかからなかった!)、毎回面白く読ませて続きが気になる、ちょっと感動させる、圧倒的な力の他に頭脳戦でも楽しませてくれる、バトルが面白い(どうやって倒すんだろう?と思わせてくれる、というのは大事だと思う。「どうせ勝つんだろー、と思うともう、そのマンガは詰まらないマンガだと思います」)倒した敵が仲間になる、など、少年マンガ的ツボをよく押さえたとっても面白いマンガ。「いやでも、こんなでかい組織相手に戦うのが高校生って…」「倒した途端に改心して仲間って、都合良くね?」などと思う隙を与えないスピード感もポイント(笑)。「殴り合って芽生える友情」とかって、女子にはかなり謎ポイントですよね実際。最近は男子でもそうか。
いや本当に、話が面白いので、未読の岩崎くん(本名)は是非読んでみたらいいと思うよ。「面白い」と言わせる自信あるよ私。もし詰まらなかったらフライドポテトおごってあげるよ(もっといいものおごってやれよ)。
以下は「ARMS」の内容、というかキャラクターに触れます。読んだことない人は別に面白くないと思うので読み飛ばしてください。かなりふざけて書いてますが。
ユーゴーが何度も瀕死状態に陥りながら辛くも生き延びるのは、セカンドヒロイン(ファーストヒロインはカツミちゃんだと思ってます)の久留間恵より人気があったからだと思ってました。ああいう薄幸そうな美少女って、なんか、イイヨネ。ドクターキリコの妹みたいで、たまりません(お前のツボか)。やっぱり困ったお兄さんを持つとみんな、ああいう感じに育つんだな(そんなことないだろ??)。
しかし彼氏に向かって「恵ちゃんより人気あったからだよね」と言うと「それもあると思うけど、やっぱり一番の理由は『テレパシストは便利』だと思う」と。ああーなるほど。そうですね。実際めちゃくちゃ使えてたもんね、恵ちゃんより何倍も(お前恵ちゃん嫌いなのか?!)。
仲間になりたての頃の天才少年アルが、何度もあっけに取られて「…。」みたいな顔してるのが、私はなんか、すごいツボに入ってしまって。面白くて大好きでした。だはははは、なんだこの顔(未だに面白いらしい)。
皆川さんのマンガって基本的にあんまり、「女と子供」は死なないですよね。仲間の場合。男は容赦ないですけどねー。オカマでも容赦ないしねー(笑)。X-ARMYのヴォルフは、尾田栄一郎のマンガだったら生き延びたかもしれないな。なんとなくだが。
つらつら書いてたら長くなってしまった。「ARMS」、保存用には新装のワイド版がオススメですが、ただ読むだけなら旧い方が良いと思う。マンガの厚さは、「うわー!もっと読みたい!!」と思うくらいの分量が適量だと思ってますので。ブックオフに行けば100円で買えます。王道少年マンガが好きな男子はもちろん、「最近の少年マンガ面白くない」と思ってる女子にもオススメだ。10年前には、こんな面白い少年マンガがあったんだぜ。
50周年記念号の付録が、歴代のサンデー連載マンガ家さんたちによる「おめでとうコメントとイラスト」だったんですけど、一緒にそれ見てたバイトの男の子が、皆川亮二のことも河合克敏のことも「知らない。聞いたこともない」とかおっしゃりやがりなさいまして、「キサマ!!男の子のくせに『ARMS』も読んでないのか!!」と、ロクハナ一人、延々キレまくっていたそうです。夜中3時のマンガ喫茶で。
そんなわけで今日は、「ARMS」です。
河合克敏はいずれまた(えええっ、後回し?!)。
最近ワイド版が出ました。「ARMS」です。アームズ、と読みます。主人公の少年たちが、身体に移植されたナノマシンを武器に、謎の組織と戦う王道少年マンガです。おわり。
こんなに説明が簡単なマンガなのに(3行しかかからなかった!)、毎回面白く読ませて続きが気になる、ちょっと感動させる、圧倒的な力の他に頭脳戦でも楽しませてくれる、バトルが面白い(どうやって倒すんだろう?と思わせてくれる、というのは大事だと思う。「どうせ勝つんだろー、と思うともう、そのマンガは詰まらないマンガだと思います」)倒した敵が仲間になる、など、少年マンガ的ツボをよく押さえたとっても面白いマンガ。「いやでも、こんなでかい組織相手に戦うのが高校生って…」「倒した途端に改心して仲間って、都合良くね?」などと思う隙を与えないスピード感もポイント(笑)。「殴り合って芽生える友情」とかって、女子にはかなり謎ポイントですよね実際。最近は男子でもそうか。
いや本当に、話が面白いので、未読の岩崎くん(本名)は是非読んでみたらいいと思うよ。「面白い」と言わせる自信あるよ私。もし詰まらなかったらフライドポテトおごってあげるよ(もっといいものおごってやれよ)。
以下は「ARMS」の内容、というかキャラクターに触れます。読んだことない人は別に面白くないと思うので読み飛ばしてください。かなりふざけて書いてますが。
ユーゴーが何度も瀕死状態に陥りながら辛くも生き延びるのは、セカンドヒロイン(ファーストヒロインはカツミちゃんだと思ってます)の久留間恵より人気があったからだと思ってました。ああいう薄幸そうな美少女って、なんか、イイヨネ。ドクターキリコの妹みたいで、たまりません(お前のツボか)。やっぱり困ったお兄さんを持つとみんな、ああいう感じに育つんだな(そんなことないだろ??)。
しかし彼氏に向かって「恵ちゃんより人気あったからだよね」と言うと「それもあると思うけど、やっぱり一番の理由は『テレパシストは便利』だと思う」と。ああーなるほど。そうですね。実際めちゃくちゃ使えてたもんね、恵ちゃんより何倍も(お前恵ちゃん嫌いなのか?!)。
仲間になりたての頃の天才少年アルが、何度もあっけに取られて「…。」みたいな顔してるのが、私はなんか、すごいツボに入ってしまって。面白くて大好きでした。だはははは、なんだこの顔(未だに面白いらしい)。
皆川さんのマンガって基本的にあんまり、「女と子供」は死なないですよね。仲間の場合。男は容赦ないですけどねー。オカマでも容赦ないしねー(笑)。X-ARMYのヴォルフは、尾田栄一郎のマンガだったら生き延びたかもしれないな。なんとなくだが。
つらつら書いてたら長くなってしまった。「ARMS」、保存用には新装のワイド版がオススメですが、ただ読むだけなら旧い方が良いと思う。マンガの厚さは、「うわー!もっと読みたい!!」と思うくらいの分量が適量だと思ってますので。ブックオフに行けば100円で買えます。王道少年マンガが好きな男子はもちろん、「最近の少年マンガ面白くない」と思ってる女子にもオススメだ。10年前には、こんな面白い少年マンガがあったんだぜ。
いいとも増刊号。有吉がDAIGOに付けたあだ名、「バカ手袋」がツボにズガーンと入って目覚めた日曜日。バカ手袋…バカ手袋って(反芻しすぎ)。
や、「ゲゲゲの鬼太郎」やってる時間から既に起きてはいたんですけどね(9:00)。「ワンピース」面白かったー(9:30)。小学生か私は。
あだ名付けるのって、ある意味本名付けるの以上にネーミングセンス入りますよね。私の本名はあだ名が付けにくいらしく、子供のころからあだ名で呼ばれた経験がほとんどありません。一度クラスに「親しくなった子は全員あだ名を付けないと気が済まん!!」という意気込みの子がいて、私相手にも大分奮闘してくれたようなのですが、いくつか候補はあがったものの、案の定さっぱり浸透しませんでした。私が聞いても「却って呼びづらいだろ、それ」って思ったものなあ(笑)。
あだ名は別に、名前から付くとは限らないので、何か分かりやすい特徴とかあると良かったんだけど(バカ手袋のように!)、あいにく容姿は凡庸だし(よく人違いされるタイプ)、性格は高校生になるまでなかなか安定しなかったので「こういう人!」という定義をするのがちょっと面倒だったようです。面と向かって「ロクハナを人に紹介するとき、どういう人だか説明するのが難しい」と言われたこともあります。今思うと私は周りの子たちよりもずっと子供で、「何かになってしまった方が楽」ということになかなか気づけないでいたのだと思います。
******
「女でいるのは大変だけど、女になってしまえば楽」とはよく言ったもので、本当にその通りだよと頷くことしばしば。それは別に「女」に限った話ではなく。「妹」でも、「ツンデレ」でも、「人妻」でも「女子高生」でも「女教師」でも何でもいいんですけど、その役にピタッと嵌るというのはある意味本当に楽だよなと思うのです。約束事が次々と勝手に決まってくれるから。もちろん制約は増えるんだけど、「ここまではいい、ここからはダメ。これは出来ません。その代わりこれが出来ます」という明確なルールがもらえるのでとても振舞いやすい。もっと極端な役柄、たとえば「メイド」なんかだと行動パターンが狭まって更に楽ですね。
しかし私の場合はそういう楽さを受け入れるのに物凄く時間がかかって、結構いい年になるまであたふたしてしまった。言ってることは毎回違うし、昨日まで妙に高飛車だったかと思うと今日はやけに卑屈だったりする。単なる気分屋だったらそれで済んだかもしれないけど(まあその感も完全には否めないが・笑)、変にクソ真面目というか融通のきかないとこがあって、「人格を統一しなきゃ」というプレッシャーにほとんど毎日押しつぶされそうになっていた。
**********
女性のファッション雑誌「nadesico」では、毎回女の子を「小悪魔」「アネゴ」「妹」の3タイプに分類して「このタイプの必須アイテムはこれ!」みたな売り方をしてるんですが(そしてまたそれが読者によくウケているようにお見受けする)、みんなこの3タイプの分類、簡単にできますか?私はできません(笑)。それはほら、ロクハナさんがオバチャンだから…というのもまあ、もっともな意見なんですけど、ええと、じゃあ若い女子のみんなが自分のことを「私はコレ!」ってこの3タイプのどれかに限定して見てるかというと、
「そうじゃないだろ」、という気がするんですよね。
nadesicoはわざと境界線を曖昧にして、一般的な女の子であればどこにでもシフトできるように作ってある。上手い。血液型や星座の本だとこうはいかない。みんな自分のページしか読まないから。
最初に簡単で魅力的なカテゴライズをしておいて興味を引き、実は他にも移行できるんじゃない?という気にさせる。「今日は小悪魔路線」とか「たまには妹でいってみよう」とか思えるのは、コスプレよりお手軽で楽しいものだ。実際大して変わってないのは問題ではない。本人たちもそれはよく分かっている。
***********
何かになったとしても大部分の人はそこから融通をきかせて上手い抜け道を見つけ出している、そうじゃないとやってられない。と気づいたのはもうちょっと大人になってから。
今ではタイプ別の単純イメージを利用して他人を騙すことすら簡単に出来るようになりました。独り言ぶつぶつ言ってて気味悪がられても、「あ、ごめん。ちょっと、電波電波」とか言えば「あーなんだ電波ね」って苦笑いされただけで済む、とか。
*************
「電波」「ストーカー」「オタク」「BL」こういう言葉がまだなかった時って、伝えるのに苦労しましたよね。決まった名称がないと物凄く薄気悪く感じたものですが、一旦名前付いちゃうと笑いのネタにすらなるから不思議。恐怖を克服するためにも名前は必要だなあ。
*****************
実は私、「電波」の意味が未だによく分かってないということは、ここだけの秘密。
や、「ゲゲゲの鬼太郎」やってる時間から既に起きてはいたんですけどね(9:00)。「ワンピース」面白かったー(9:30)。小学生か私は。
あだ名付けるのって、ある意味本名付けるの以上にネーミングセンス入りますよね。私の本名はあだ名が付けにくいらしく、子供のころからあだ名で呼ばれた経験がほとんどありません。一度クラスに「親しくなった子は全員あだ名を付けないと気が済まん!!」という意気込みの子がいて、私相手にも大分奮闘してくれたようなのですが、いくつか候補はあがったものの、案の定さっぱり浸透しませんでした。私が聞いても「却って呼びづらいだろ、それ」って思ったものなあ(笑)。
あだ名は別に、名前から付くとは限らないので、何か分かりやすい特徴とかあると良かったんだけど(バカ手袋のように!)、あいにく容姿は凡庸だし(よく人違いされるタイプ)、性格は高校生になるまでなかなか安定しなかったので「こういう人!」という定義をするのがちょっと面倒だったようです。面と向かって「ロクハナを人に紹介するとき、どういう人だか説明するのが難しい」と言われたこともあります。今思うと私は周りの子たちよりもずっと子供で、「何かになってしまった方が楽」ということになかなか気づけないでいたのだと思います。
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「女でいるのは大変だけど、女になってしまえば楽」とはよく言ったもので、本当にその通りだよと頷くことしばしば。それは別に「女」に限った話ではなく。「妹」でも、「ツンデレ」でも、「人妻」でも「女子高生」でも「女教師」でも何でもいいんですけど、その役にピタッと嵌るというのはある意味本当に楽だよなと思うのです。約束事が次々と勝手に決まってくれるから。もちろん制約は増えるんだけど、「ここまではいい、ここからはダメ。これは出来ません。その代わりこれが出来ます」という明確なルールがもらえるのでとても振舞いやすい。もっと極端な役柄、たとえば「メイド」なんかだと行動パターンが狭まって更に楽ですね。
しかし私の場合はそういう楽さを受け入れるのに物凄く時間がかかって、結構いい年になるまであたふたしてしまった。言ってることは毎回違うし、昨日まで妙に高飛車だったかと思うと今日はやけに卑屈だったりする。単なる気分屋だったらそれで済んだかもしれないけど(まあその感も完全には否めないが・笑)、変にクソ真面目というか融通のきかないとこがあって、「人格を統一しなきゃ」というプレッシャーにほとんど毎日押しつぶされそうになっていた。
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女性のファッション雑誌「nadesico」では、毎回女の子を「小悪魔」「アネゴ」「妹」の3タイプに分類して「このタイプの必須アイテムはこれ!」みたな売り方をしてるんですが(そしてまたそれが読者によくウケているようにお見受けする)、みんなこの3タイプの分類、簡単にできますか?私はできません(笑)。それはほら、ロクハナさんがオバチャンだから…というのもまあ、もっともな意見なんですけど、ええと、じゃあ若い女子のみんなが自分のことを「私はコレ!」ってこの3タイプのどれかに限定して見てるかというと、
「そうじゃないだろ」、という気がするんですよね。
nadesicoはわざと境界線を曖昧にして、一般的な女の子であればどこにでもシフトできるように作ってある。上手い。血液型や星座の本だとこうはいかない。みんな自分のページしか読まないから。
最初に簡単で魅力的なカテゴライズをしておいて興味を引き、実は他にも移行できるんじゃない?という気にさせる。「今日は小悪魔路線」とか「たまには妹でいってみよう」とか思えるのは、コスプレよりお手軽で楽しいものだ。実際大して変わってないのは問題ではない。本人たちもそれはよく分かっている。
***********
何かになったとしても大部分の人はそこから融通をきかせて上手い抜け道を見つけ出している、そうじゃないとやってられない。と気づいたのはもうちょっと大人になってから。
今ではタイプ別の単純イメージを利用して他人を騙すことすら簡単に出来るようになりました。独り言ぶつぶつ言ってて気味悪がられても、「あ、ごめん。ちょっと、電波電波」とか言えば「あーなんだ電波ね」って苦笑いされただけで済む、とか。
*************
「電波」「ストーカー」「オタク」「BL」こういう言葉がまだなかった時って、伝えるのに苦労しましたよね。決まった名称がないと物凄く薄気悪く感じたものですが、一旦名前付いちゃうと笑いのネタにすらなるから不思議。恐怖を克服するためにも名前は必要だなあ。
*****************
実は私、「電波」の意味が未だによく分かってないということは、ここだけの秘密。
ものごとが、似通った別のものに置き換わっても違和感なく進むことの喩えとして、長年
「猪八戒の役が左とん平から西田敏行に代わっても全然問題ないように」
というセリフを好んで使ってたのですが、いい加減通じなくなってきたので封印します。非常に残念です。
※すいません西田敏之から左とん平でした。ご指摘ありがとうございます。
「猪八戒の役が左とん平から西田敏行に代わっても全然問題ないように」
というセリフを好んで使ってたのですが、いい加減通じなくなってきたので封印します。非常に残念です。
※すいません西田敏之から左とん平でした。ご指摘ありがとうございます。
魅力が暴走している感じ。(※帯より)
2009年1月6日 読書
暴走どころか、大爆発です。栗田有起。
短編集と知らずに買って、最初の一編「サラブレッド」が終わる時には「ええええ?!終わりなの?これからなのに??!」と非常にがっかりしたんですが(それだけ面白かったんですよ)、他の短編も読んでいったらぐんぐん引き込まれて「あわわわ、どうしよう、面白い」とすっかり虜になってしまった。「鮫島夫人」の寂しいあたたかさ、「猫語教室」のいびつさと異様な昂ぶり、女たちの繋がり方が何故か淫靡で妙に気に入ってしまった「蛇口」、もう、うわー、うわー、と言うしかない「アリクイ」、凄いところへ来てしまったなとしばし呆然とする「さるのこしかけ」、醜い女の失意と悲しみに満ちた一生を羨む、ひどく美しい女のおぞましい世界を描いた「いのしし年」、意味も繋がりもまったく分からないけど、最後、唐突に出現する美しさに胸が打ち震える「ユニコーン」、など(などって、ほとんど全部書いてしまったが)、魅力が溢れてもうどうしてよいか分からないような短編ばかり。
最初の1、2編で「ちょっと、失敗かなー」と思っても(思った、ごめん)、そこで見限らずに是非続けて読んでいただきたい。
現実の軽さと夢の重みに引きずられ、気がつくと「どこだここは(汗)」と混乱する、そんな面白いところへきっと行けるはず。心細い、不安定な、頼りない足場。目覚める直前の夢のような焦燥感、夢から目覚めた直後の、安堵と物足りなさの入り混じった気持ち。全編読み通すと、ちょうど良い感じにそんな(変な)心持ちに。今すぐにでも、何かありえないものが見えそう。見えたものの意味は、まったく分からないだろうけども。
短編集と知らずに買って、最初の一編「サラブレッド」が終わる時には「ええええ?!終わりなの?これからなのに??!」と非常にがっかりしたんですが(それだけ面白かったんですよ)、他の短編も読んでいったらぐんぐん引き込まれて「あわわわ、どうしよう、面白い」とすっかり虜になってしまった。「鮫島夫人」の寂しいあたたかさ、「猫語教室」のいびつさと異様な昂ぶり、女たちの繋がり方が何故か淫靡で妙に気に入ってしまった「蛇口」、もう、うわー、うわー、と言うしかない「アリクイ」、凄いところへ来てしまったなとしばし呆然とする「さるのこしかけ」、醜い女の失意と悲しみに満ちた一生を羨む、ひどく美しい女のおぞましい世界を描いた「いのしし年」、意味も繋がりもまったく分からないけど、最後、唐突に出現する美しさに胸が打ち震える「ユニコーン」、など(などって、ほとんど全部書いてしまったが)、魅力が溢れてもうどうしてよいか分からないような短編ばかり。
最初の1、2編で「ちょっと、失敗かなー」と思っても(思った、ごめん)、そこで見限らずに是非続けて読んでいただきたい。
現実の軽さと夢の重みに引きずられ、気がつくと「どこだここは(汗)」と混乱する、そんな面白いところへきっと行けるはず。心細い、不安定な、頼りない足場。目覚める直前の夢のような焦燥感、夢から目覚めた直後の、安堵と物足りなさの入り混じった気持ち。全編読み通すと、ちょうど良い感じにそんな(変な)心持ちに。今すぐにでも、何かありえないものが見えそう。見えたものの意味は、まったく分からないだろうけども。
深海魚マリアというの
2009年1月2日 読書
太ってる女にすれ違いざま「でぶ」って言ってくるのは必ず高校生の男子ね。小学生でもない、中学生でもない、必ず高校生。
ってなんか物凄い説得力があって感心してしまった。すげえ。その通りだよ。夏石さんのこういうとこ、鋭いというか、「よく分かってるなあ」と思うのだ。
主人公のあおば(24歳、健康的な処女)や、「申し訳ないが、家に帰ってくるのが辛い」と言って近所で一人暮らしを始めるあおばのお父さん、それを案外あっさりと受け入れてしまう母。それぞれの思いを掘り下げていけば、勿論深い物語になるのだが、表面的には「なんじゃそりゃ」というわけのわからぬものでしかない。しかしだからこそというか、時々ぬっと表面に現れる奇妙な一言や表情などが実はずっと昔からの真実を言い表していて、言われた方は度肝を抜かれたりちょっとショックだったりするけど最終的には納得してしまう。「だってずっとそうだったんだもの。知らなかっただけで」。
あおばと同じ派遣社員の先輩(元デブ専のAV女優)が教えてくれる「超熟女」もの(主演の女優さんが70代、とかそういうこと)のAVのタイトルがまた秀逸。
「深海魚マリアというの」
「え。『深海魚マリア』ですか?」
「いいえ。『深海魚マリアというの』が全部タイトル」
すごい。なんか忘れられない。そうだよ海って深いもんね。波打ち際や水平線だけじゃないものね、などと、とても当たり前のことを思う。深海は未だに未知の世界だが、それはずっと昔からずっとある、当然に存在してるものなのだ。だけどわざわざ潜って確かめようとしなんてしないから、急に浮上されるとどうして良いか分からなくなてしまう。でも最終的には納得してしまうんじゃないかな。「だってそこにずっとありましたから。事実そうですから」というのは、物凄い説得力だと思うのよ。人間にとっては未知の世界でも、深海魚にしてみれば「別に」って感じのように。
ってなんか物凄い説得力があって感心してしまった。すげえ。その通りだよ。夏石さんのこういうとこ、鋭いというか、「よく分かってるなあ」と思うのだ。
主人公のあおば(24歳、健康的な処女)や、「申し訳ないが、家に帰ってくるのが辛い」と言って近所で一人暮らしを始めるあおばのお父さん、それを案外あっさりと受け入れてしまう母。それぞれの思いを掘り下げていけば、勿論深い物語になるのだが、表面的には「なんじゃそりゃ」というわけのわからぬものでしかない。しかしだからこそというか、時々ぬっと表面に現れる奇妙な一言や表情などが実はずっと昔からの真実を言い表していて、言われた方は度肝を抜かれたりちょっとショックだったりするけど最終的には納得してしまう。「だってずっとそうだったんだもの。知らなかっただけで」。
あおばと同じ派遣社員の先輩(元デブ専のAV女優)が教えてくれる「超熟女」もの(主演の女優さんが70代、とかそういうこと)のAVのタイトルがまた秀逸。
「深海魚マリアというの」
「え。『深海魚マリア』ですか?」
「いいえ。『深海魚マリアというの』が全部タイトル」
すごい。なんか忘れられない。そうだよ海って深いもんね。波打ち際や水平線だけじゃないものね、などと、とても当たり前のことを思う。深海は未だに未知の世界だが、それはずっと昔からずっとある、当然に存在してるものなのだ。だけどわざわざ潜って確かめようとしなんてしないから、急に浮上されるとどうして良いか分からなくなてしまう。でも最終的には納得してしまうんじゃないかな。「だってそこにずっとありましたから。事実そうですから」というのは、物凄い説得力だと思うのよ。人間にとっては未知の世界でも、深海魚にしてみれば「別に」って感じのように。
ありがとうと君に言われると
2009年1月2日 日常昨今はめっきり「すみません」より「ありがとう」という風潮ですが、私、その流れには断固反対の姿勢で参りたいと思います。
不当に「すみません」を貶めるなー!素晴らしい言葉じゃないか。「よろしく」と同じくらい意味不明でどう扱っていいか分からない、便利で不便で、素敵な言葉だ。自己満足に浸りながら「ありがとう」と微笑む奴より、「すみません」と恐縮しながら卑屈になる奴の方がよっぽどましだわ!と密かに思ってる人、勇気を持ってそう訴えよう!他人に感謝の意を表明したくらいで己の迷惑度が軽減するかと思ったら大間違いだコノヤロウ!そう、世に知らしめよう。
「ありがとう」を連発すると運気が上がると思い込んでる人、本当にそうですか?辛い現実から目を背けるためだけに、心にもない感謝を振り撒いて僅かな見返りを期待する。そんな自分の姿、みみっちくないですか?
なんでこんなに力説してるかっていうとまー、私が「ありがとう」って言うたびに周りのリアクションが酷いからなんですが。なんで舌打ちとか溜め息とか鼻で笑うとか急に文句を言い出すとかそういうのばっかり…(笑)。
私の「ありがとう」のどこに問題があるかはひとまず置いといて(そこ一番大事では?!)、今までの人生で最も辛かった「ありがとう」は、好きな人に「好きです」と言ったときの「…ありがとう」ですよ。何その「用件は分かりました」みたいな事務的なお返事。へえ、「ありがとう」ってそういう風にも使えるの!なんか「ごめんなさい」って言われるより傷付いた!私嫌われてすらいないんだ!
なんかそれ以来「ありがとう」も「すみません」も、どっちも大して変わらん、という意識が強い。だから「ありがとうの方が素敵」とか言われると腹が立つ(笑)。言い換えてるだけだろ!と。
そんなわけで私の使う「ありがとう」にはいまいち心が込もっておらず、聞く人をイライラさせるのかもしれません。ごめんねみんな。
今年こそは、人を不快にさせない「ありがとう」が言える人間になりたいです。それが出来ないなら一生「すみません」で通します。みなさんすみませんが今年もよろしく。ご清聴ありがとう。
不当に「すみません」を貶めるなー!素晴らしい言葉じゃないか。「よろしく」と同じくらい意味不明でどう扱っていいか分からない、便利で不便で、素敵な言葉だ。自己満足に浸りながら「ありがとう」と微笑む奴より、「すみません」と恐縮しながら卑屈になる奴の方がよっぽどましだわ!と密かに思ってる人、勇気を持ってそう訴えよう!他人に感謝の意を表明したくらいで己の迷惑度が軽減するかと思ったら大間違いだコノヤロウ!そう、世に知らしめよう。
「ありがとう」を連発すると運気が上がると思い込んでる人、本当にそうですか?辛い現実から目を背けるためだけに、心にもない感謝を振り撒いて僅かな見返りを期待する。そんな自分の姿、みみっちくないですか?
なんでこんなに力説してるかっていうとまー、私が「ありがとう」って言うたびに周りのリアクションが酷いからなんですが。なんで舌打ちとか溜め息とか鼻で笑うとか急に文句を言い出すとかそういうのばっかり…(笑)。
私の「ありがとう」のどこに問題があるかはひとまず置いといて(そこ一番大事では?!)、今までの人生で最も辛かった「ありがとう」は、好きな人に「好きです」と言ったときの「…ありがとう」ですよ。何その「用件は分かりました」みたいな事務的なお返事。へえ、「ありがとう」ってそういう風にも使えるの!なんか「ごめんなさい」って言われるより傷付いた!私嫌われてすらいないんだ!
なんかそれ以来「ありがとう」も「すみません」も、どっちも大して変わらん、という意識が強い。だから「ありがとうの方が素敵」とか言われると腹が立つ(笑)。言い換えてるだけだろ!と。
そんなわけで私の使う「ありがとう」にはいまいち心が込もっておらず、聞く人をイライラさせるのかもしれません。ごめんねみんな。
今年こそは、人を不快にさせない「ありがとう」が言える人間になりたいです。それが出来ないなら一生「すみません」で通します。みなさんすみませんが今年もよろしく。ご清聴ありがとう。
mixiでメッセージくださった方
2008年12月14日 日常 コメント (4)ありがとうございました。
すぐに返信できなくてごめんなさい、
ネット環境がなくてなかなか返信できないのは、
私がモデムを無くしたせいです。ぐはー。
やっと返信できると思ったら、お名前削除されてしまったようですね…。
残念です。久しぶりに褒められてめちゃくちゃ嬉しかったです。
よろしかったらまた遊びに来てください。
なかなか更新できませんが、頑張ります。
すぐに返信できなくてごめんなさい、
ネット環境がなくてなかなか返信できないのは、
私がモデムを無くしたせいです。ぐはー。
やっと返信できると思ったら、お名前削除されてしまったようですね…。
残念です。久しぶりに褒められてめちゃくちゃ嬉しかったです。
よろしかったらまた遊びに来てください。
なかなか更新できませんが、頑張ります。
おおたうにの「ベリーベリーチェリーコーク」を見ていたら「読んでる雑誌で分かる、その人のファッション傾向」みたいなの載ってまして。
そういう安易なカテゴライズみたいなのって嫌いだな、と思ったのに、読んでたらまんまと「分かる!そう!!」とか乗り乗りで同調しちゃいまして。
おまえがいちばん安易だよと(すみません)。
私昔っから不思議だったんだ。
女なら誰でも、一度は思ったことあるんじゃないか。
雑誌「with」と「MORE」の違いは何??
って。いやまー、出版社が違うんですけど(withは講談社、MOREは集英社)、そういうことじゃなくて。載ってる洋服もモデルも特集も似たよーな感じなのに(というか同じだろ)、何故「withを買う人」と「MOREを買う人」に分かれるのか。両方ランダムに買う人もいますけどね。そりゃね、あれだけ似てりゃね。ぶっちゃけ表紙の芸能人がその時の気分に合ってる方を選ぶだけですよね。竹内結子か菅野美穂かとか。
でも不思議なんだけど、「どちらかというとwith」とか「なんとなくMORE」みたいに「ぼんやりと」傾向分かれることが結構多いなと思っていた。しかも本人に選んでいる意識はほとんどない。
ずっと昔だけど、同じバイトの後輩と喋っていて、なんか洋服の話にでもなったのか、「MOREとか読めばいいじゃないですかー」みたいなことを言われた。そこで私「withじゃダメなの?」と返したら、何故か彼女は虚を突かれたような顔をしていた。MOREしか読まない人にとって、withは全然見えてないのかもなと思った瞬間だった。「なんで?!コンビニ行けば大体となりどうしで並んでるだろ??」と思うでしょ。でもさ、やっぱ違うんだよ。子供の頃サンリオショップに行っても、気に入ってるキャラクター以外はあんまり見えてなかったでしょ?なんだこのファンシーな喩え。
同じ理屈で行くと「with」読者からも「MORE」は見えにくいはずなのだが、「MORE」読者の「with認識率(の低さ)」に比べると「意外と見えてるんじゃないかな」というのが私の勝手な見解。「MOREも見えてるけど、あえて、わたしは」です。そういう選択をものすごーーーく低い意識でやってる気がする。
ちなみにおおたうにさんの見解は「MOREに比べてwithはキャリア志向。MORE読者の憧れがオードリー・ヘプバーンならwith読者の憧れはキャサリン・ヘプバーン」。お見事です。私の長年の疑問一気に解決。そうなんだよ、まったく同じ雑誌に見えるのに、何故か私は「with」の方が読みやすいんだよ。って言うほど実は読んでないんだけど(ふたたびすみません)。withもMOREもモデルが着てるからなんとなくさまになってるように見えるけど、一般人が着ると老けて見えそうだなー、とか、コンサバティブ過ぎるだろー、みたいな服が多いよね。いや別に嫌いじゃないんだけど。便利だし。
あー、なんか、心なしか「with」の方がモテない系?
思えば買ってるマンガもなんとなく講談社寄りだな私。彼氏の好みのマンガが集英社寄りなので、いつのまにか私が「講談社担当」みたいになっただけかもしれませんが。同じ講談社でも、「モーニング」の連載だったら彼氏が担当、でも「アフタヌーン」の連載だったら確実に担当私だろ、みたいな空気になるのはなんで?(笑)
なんか、女同士で付き合っても私絶対「白泉社担当」になりそう(実はそんなに読んでないのに)。
最後に、おおたうにさんほど鮮やかには決められませんが、私なりの「with」と「MORE」の違いを記して締めたいと思います。
「MORE」は唯川恵、「with」は山本文緒。
今回もまた、最後まで男子にはちんぷんかんぷんな話でごめんなさい。
女子もか。
そういう安易なカテゴライズみたいなのって嫌いだな、と思ったのに、読んでたらまんまと「分かる!そう!!」とか乗り乗りで同調しちゃいまして。
おまえがいちばん安易だよと(すみません)。
私昔っから不思議だったんだ。
女なら誰でも、一度は思ったことあるんじゃないか。
雑誌「with」と「MORE」の違いは何??
って。いやまー、出版社が違うんですけど(withは講談社、MOREは集英社)、そういうことじゃなくて。載ってる洋服もモデルも特集も似たよーな感じなのに(というか同じだろ)、何故「withを買う人」と「MOREを買う人」に分かれるのか。両方ランダムに買う人もいますけどね。そりゃね、あれだけ似てりゃね。ぶっちゃけ表紙の芸能人がその時の気分に合ってる方を選ぶだけですよね。竹内結子か菅野美穂かとか。
でも不思議なんだけど、「どちらかというとwith」とか「なんとなくMORE」みたいに「ぼんやりと」傾向分かれることが結構多いなと思っていた。しかも本人に選んでいる意識はほとんどない。
ずっと昔だけど、同じバイトの後輩と喋っていて、なんか洋服の話にでもなったのか、「MOREとか読めばいいじゃないですかー」みたいなことを言われた。そこで私「withじゃダメなの?」と返したら、何故か彼女は虚を突かれたような顔をしていた。MOREしか読まない人にとって、withは全然見えてないのかもなと思った瞬間だった。「なんで?!コンビニ行けば大体となりどうしで並んでるだろ??」と思うでしょ。でもさ、やっぱ違うんだよ。子供の頃サンリオショップに行っても、気に入ってるキャラクター以外はあんまり見えてなかったでしょ?なんだこのファンシーな喩え。
同じ理屈で行くと「with」読者からも「MORE」は見えにくいはずなのだが、「MORE」読者の「with認識率(の低さ)」に比べると「意外と見えてるんじゃないかな」というのが私の勝手な見解。「MOREも見えてるけど、あえて、わたしは」です。そういう選択をものすごーーーく低い意識でやってる気がする。
ちなみにおおたうにさんの見解は「MOREに比べてwithはキャリア志向。MORE読者の憧れがオードリー・ヘプバーンならwith読者の憧れはキャサリン・ヘプバーン」。お見事です。私の長年の疑問一気に解決。そうなんだよ、まったく同じ雑誌に見えるのに、何故か私は「with」の方が読みやすいんだよ。って言うほど実は読んでないんだけど(ふたたびすみません)。withもMOREもモデルが着てるからなんとなくさまになってるように見えるけど、一般人が着ると老けて見えそうだなー、とか、コンサバティブ過ぎるだろー、みたいな服が多いよね。いや別に嫌いじゃないんだけど。便利だし。
あー、なんか、心なしか「with」の方がモテない系?
思えば買ってるマンガもなんとなく講談社寄りだな私。彼氏の好みのマンガが集英社寄りなので、いつのまにか私が「講談社担当」みたいになっただけかもしれませんが。同じ講談社でも、「モーニング」の連載だったら彼氏が担当、でも「アフタヌーン」の連載だったら確実に担当私だろ、みたいな空気になるのはなんで?(笑)
なんか、女同士で付き合っても私絶対「白泉社担当」になりそう(実はそんなに読んでないのに)。
最後に、おおたうにさんほど鮮やかには決められませんが、私なりの「with」と「MORE」の違いを記して締めたいと思います。
「MORE」は唯川恵、「with」は山本文緒。
今回もまた、最後まで男子にはちんぷんかんぷんな話でごめんなさい。
女子もか。
その昔、赤ん坊は赤ん坊職人が生地を捏ね、竈で焼いて作り上げていました。
へえー、そうなんだ。って普通に読めちゃうところがジュディ・バドニッツの凄いところだと思う(汗)。
とんでもないこと言ってくるくせに妙な説得力があって、最終的に「そうねえ。なんかそっちの方がいいかもねえ」と思ってしまう。「空中スキップ」に収められている短篇のひとつ、赤ん坊職人の話「ハーシェル」は、優秀な赤ん坊職人ハーシェルが、まるでパンでも作るかのように生地を捏ねて、寝かせて、じっくり焼いて、赤ん坊を作ってゆく過程が描かれている。この作業過程の描写が、錬金術めいていながらもとても現実的で、しかも不思議な暖かさに満ちているという素晴らしさに私はつい感動してしまった。「耳だけはつぼみの形に小さく丸めてあった。竈で焼かれるうちにそれがだんだんほどけて、花びらのように開くのだ」ってなんだこの面白い作り方(笑)。
「ハーシェル」もそうだけど、バドニッツは赤ん坊を題材に扱った作品が際立って秀逸。赤ん坊が生まれなくなった世界を描く、文字通りのタイトル「産まれない世界」のラストなんて、ちょっと眩暈を覚えるほど凄い、と思う。面白いのに切なくて、悲しいんだけど突き抜けた明るさがあって、これ一部の人にしか通じないと思うんだけど、羽海野チカの「暗記パン」の話読んだときを思い出したよ私は。あれもまた傑作ですね。「暗記パン」の話は「ハチミツとクローバー」の10巻に収録されてるので、未読の方は是非。
もちろん赤ん坊だけじゃなくて、女性の描き方もなんか、よく読むと独特だなあと思います。翻訳者の岸本さんも対談で言ってましたが、ステレオタイプという型に何の疑問もなく嵌って落ち着いている女性というのが、時に不気味だよね。という視点が、そこかしこにちらほら見えて面白い。どんなに揺らしてもピッと元の位置に戻る髪形とか、凄い笑顔と凄い短いスカートでまた物凄い開脚とか回転とか繰り広げるチアガールって「どう見ても究極に不自然」(笑)みたいな。この辺は「ステップフォード・ワイフ」にも通じる不気味さがあって私は非常に好き。チアガールたちの「スピリット」がどんどんエスカレートしていく「チア魂」は、そういう不気味さが炸裂してて面白い。これもまたお勧め作品です。
他にも、町からだんだん人がいなくなっていく静かな恐怖を描いた冒頭の短篇「犬の日」や、ある日突然「アメリカで最も平均的な男」と位置づけられた男性が、あらゆる大物(大手企業会社、大統領、映画監督、なんだかよく分からない女性たちの組織、神様)などから質問攻めにされる話「アベレージ・ジョー」など、奇想天外で面白い話ばかり。是非読んでいただきたい。
「空中スキップ」ジュディ・バドニッツ(マガジンハウス)
へえー、そうなんだ。って普通に読めちゃうところがジュディ・バドニッツの凄いところだと思う(汗)。
とんでもないこと言ってくるくせに妙な説得力があって、最終的に「そうねえ。なんかそっちの方がいいかもねえ」と思ってしまう。「空中スキップ」に収められている短篇のひとつ、赤ん坊職人の話「ハーシェル」は、優秀な赤ん坊職人ハーシェルが、まるでパンでも作るかのように生地を捏ねて、寝かせて、じっくり焼いて、赤ん坊を作ってゆく過程が描かれている。この作業過程の描写が、錬金術めいていながらもとても現実的で、しかも不思議な暖かさに満ちているという素晴らしさに私はつい感動してしまった。「耳だけはつぼみの形に小さく丸めてあった。竈で焼かれるうちにそれがだんだんほどけて、花びらのように開くのだ」ってなんだこの面白い作り方(笑)。
「ハーシェル」もそうだけど、バドニッツは赤ん坊を題材に扱った作品が際立って秀逸。赤ん坊が生まれなくなった世界を描く、文字通りのタイトル「産まれない世界」のラストなんて、ちょっと眩暈を覚えるほど凄い、と思う。面白いのに切なくて、悲しいんだけど突き抜けた明るさがあって、これ一部の人にしか通じないと思うんだけど、羽海野チカの「暗記パン」の話読んだときを思い出したよ私は。あれもまた傑作ですね。「暗記パン」の話は「ハチミツとクローバー」の10巻に収録されてるので、未読の方は是非。
もちろん赤ん坊だけじゃなくて、女性の描き方もなんか、よく読むと独特だなあと思います。翻訳者の岸本さんも対談で言ってましたが、ステレオタイプという型に何の疑問もなく嵌って落ち着いている女性というのが、時に不気味だよね。という視点が、そこかしこにちらほら見えて面白い。どんなに揺らしてもピッと元の位置に戻る髪形とか、凄い笑顔と凄い短いスカートでまた物凄い開脚とか回転とか繰り広げるチアガールって「どう見ても究極に不自然」(笑)みたいな。この辺は「ステップフォード・ワイフ」にも通じる不気味さがあって私は非常に好き。チアガールたちの「スピリット」がどんどんエスカレートしていく「チア魂」は、そういう不気味さが炸裂してて面白い。これもまたお勧め作品です。
他にも、町からだんだん人がいなくなっていく静かな恐怖を描いた冒頭の短篇「犬の日」や、ある日突然「アメリカで最も平均的な男」と位置づけられた男性が、あらゆる大物(大手企業会社、大統領、映画監督、なんだかよく分からない女性たちの組織、神様)などから質問攻めにされる話「アベレージ・ジョー」など、奇想天外で面白い話ばかり。是非読んでいただきたい。
「空中スキップ」ジュディ・バドニッツ(マガジンハウス)
トリュフ探すときってメス豚使うらしいですね。
理由は「トリュフの香りがオス豚のペニスの匂いに似てるから?」そんな…そんなわけないんじゃないか。オス豚のペニスだと思ってたどり着いた先がトリュフだったら、さ、さすがにメス豚でも怒るんじゃない。私だったら怒るけど。だってちょっと考えてもみてよ。今日はトリュフ食べるぞー!って思ってたどり着いたレストランで、彼氏のペニス出されたらどう思う(いやどう思うっていうか)。
セックスはするかもしんないけど(すんのか!!)、
求めてたのはトリュフでしょ?!欲望すり替えんなって話ですよ。メス豚だってきっと同じ気持ちのはず。
トリュフは食べるけど(食べんのか!!)、
私が求めてたのはこれじゃない!!アンタどーしてくれんのよ!!って、トリュフ探しの人に訴えてるはずだ。きっと。
「そこんとこ、鵜飼いと一緒にしないでほしいわあ」
メス豚さんはそう語る。
理由は「トリュフの香りがオス豚のペニスの匂いに似てるから?」そんな…そんなわけないんじゃないか。オス豚のペニスだと思ってたどり着いた先がトリュフだったら、さ、さすがにメス豚でも怒るんじゃない。私だったら怒るけど。だってちょっと考えてもみてよ。今日はトリュフ食べるぞー!って思ってたどり着いたレストランで、彼氏のペニス出されたらどう思う(いやどう思うっていうか)。
セックスはするかもしんないけど(すんのか!!)、
求めてたのはトリュフでしょ?!欲望すり替えんなって話ですよ。メス豚だってきっと同じ気持ちのはず。
トリュフは食べるけど(食べんのか!!)、
私が求めてたのはこれじゃない!!アンタどーしてくれんのよ!!って、トリュフ探しの人に訴えてるはずだ。きっと。
「そこんとこ、鵜飼いと一緒にしないでほしいわあ」
メス豚さんはそう語る。
夜勤明けって眠すぎて、物凄いテンションになってることがたまにある。
面白いことバンバン思いつく。
眠いのを堪えて必死にメモする。
途中で意識喪失。
4時間後、起きる。
メモを見る。
なんだこれは。
「楽太郎とラピュタ王は似ている」って何だ…。
口を慎みたまえ。君たちは今楽太郎の前にいる。
……。
詰まらない!!詰まらないよロクハナ!!
眠いときって何でも面白く感じるから不思議だね(弁解)。
面白いことバンバン思いつく。
眠いのを堪えて必死にメモする。
途中で意識喪失。
4時間後、起きる。
メモを見る。
なんだこれは。
「楽太郎とラピュタ王は似ている」って何だ…。
口を慎みたまえ。君たちは今楽太郎の前にいる。
……。
詰まらない!!詰まらないよロクハナ!!
眠いときって何でも面白く感じるから不思議だね(弁解)。
子供が全然生まれなくなってしまった世界を描いた映画「トゥモローワールド」では、誰もがヒステリックになって犬や猫を飼っておりました。すごく分かる気がします。もうそれしかないのだから。
未知のウィルスにより犬だけが絶滅した世界を描いたコニー・ウィリスの「最後のウィネベーゴ」。無理だと分かっていても、諦めきれずにジャッカルを飼おうと試みる人が後をたたない。一度でも犬を飼ったことのある人なら、「バカバカしい」とは言い捨てられないはず。同じ状況になったら、私もそこにすがってしまうかもしれない。
「最後のウィネベーゴ」は、罪悪感から逃れるために間違った事実にすがろうとする主人公と、事実に真正面から立ち向かったがために誤った罪悪感に苛まれる少女の、互いの贖罪を描いた傑作。言っちゃいます傑作って。少女(ラストでは既に成人女性)の一言で主人公の脳裏に溢れ出す記憶の洪水。そこに隠されていた、余りに辛くて故意に隠していた真実と、「もし、あの時これがあれば」、ああはならなかったという平凡で幸福な結末。そしてそして最後の最後にあまりにも皮肉な素晴らしい代償。
すごいもの読んじゃったなあ、と感心しつつ、主人公と飼い犬の絆に涙腺が緩んでどうしようもなかった。これ犬飼ってた人は絶対、電車とかで読まない方がいいですよ。
ひとつ印象に残ってるのは、どんなに愛情深く思っている犬でも、写真に収められるとそこに写っているのは犬の種類を示すものでしかなくなっている、というところ。「ポチ」とか「ミロ」とか思って撮っても、写ってるのは柴犬とかレトリバーとかダックスフントとか、そんな風にしか見えない、と。犬に対する深い愛情を描きながら、一方でこういうクールな視点を持ってるところが私はとても好きです。まあこれもラストに繋げるための伏線のひとつなんですけどね。あ、あと「ミロ」ってのは長嶋有の小説に出てくる犬…(今その話どうでもいいし)。
誰もが罪悪感に耐えられなくて誰かに責任を押し付けようとした経緯が書かれてるだけに、少女ケイティの「わたしがジープで轢いたの!」と真っ向から受け止める姿勢はあまりにも眩しい。そこにつけ入ることでなんとか自分を救おうとする主人公の気持ちも痛いほど分かる。
最後に、私これ読んでてホント堪らなかったんだけど、いよいよ犬が地上から絶滅してしまいそうになる最終段階で、生き残ってるわずか数匹の犬は人間から隔離されるんですよ。その犬(ミーシャ)がね、ずっと入り口のドアを見てるんです。いつか飼い主が自分を迎えに来てくれる日をずっと待ってるの。もお!!もおなんか!!ウィルスに感染して死んでしまうとしても、地上から犬が滅びてしまうとしても、帰らせてあげなよ!!って泣きそうになりました。泣きました。
「最後のウィネベーゴ」は短編集で、表題作だけちょっと長いんだけど、後はすぐ読めるものばかり。最初の短篇「女王様でも」なんかほんの数ページだけど、私実はこれも大好きです。娘がサイクリストになるのを一族の女性全員で止めようとする話。「サイクリスト」が一体何なのかは読んでからのお楽しみ。
コニー・ウィリスは、「うんざりするような会話」を書かせたら本当に天下一品。長編だとそれだけ読んでうんざりしちゃう人も多いと思うけど、短篇だとぎりぎりセーフじゃないでしょうか。ダメ?あかんかった??いやまあ、さすがの私も「タイムアウト」や「スパイス・ポグロム」読んでるとさすがにうんざりしますが(これ読んでると結婚することすら嫌になる)、「女王様でも」の会話なんかは結構好きです。
最初にコニー・ウィリスを読むなら、うってつけじゃないかと思う一冊。表題作だけでも読んでほしーーー!!
『最後のウィネベーゴ』コニー・ウィリス(奇想コレクション 河出書房新社)
未知のウィルスにより犬だけが絶滅した世界を描いたコニー・ウィリスの「最後のウィネベーゴ」。無理だと分かっていても、諦めきれずにジャッカルを飼おうと試みる人が後をたたない。一度でも犬を飼ったことのある人なら、「バカバカしい」とは言い捨てられないはず。同じ状況になったら、私もそこにすがってしまうかもしれない。
「最後のウィネベーゴ」は、罪悪感から逃れるために間違った事実にすがろうとする主人公と、事実に真正面から立ち向かったがために誤った罪悪感に苛まれる少女の、互いの贖罪を描いた傑作。言っちゃいます傑作って。少女(ラストでは既に成人女性)の一言で主人公の脳裏に溢れ出す記憶の洪水。そこに隠されていた、余りに辛くて故意に隠していた真実と、「もし、あの時これがあれば」、ああはならなかったという平凡で幸福な結末。そしてそして最後の最後にあまりにも皮肉な素晴らしい代償。
すごいもの読んじゃったなあ、と感心しつつ、主人公と飼い犬の絆に涙腺が緩んでどうしようもなかった。これ犬飼ってた人は絶対、電車とかで読まない方がいいですよ。
ひとつ印象に残ってるのは、どんなに愛情深く思っている犬でも、写真に収められるとそこに写っているのは犬の種類を示すものでしかなくなっている、というところ。「ポチ」とか「ミロ」とか思って撮っても、写ってるのは柴犬とかレトリバーとかダックスフントとか、そんな風にしか見えない、と。犬に対する深い愛情を描きながら、一方でこういうクールな視点を持ってるところが私はとても好きです。まあこれもラストに繋げるための伏線のひとつなんですけどね。あ、あと「ミロ」ってのは長嶋有の小説に出てくる犬…(今その話どうでもいいし)。
誰もが罪悪感に耐えられなくて誰かに責任を押し付けようとした経緯が書かれてるだけに、少女ケイティの「わたしがジープで轢いたの!」と真っ向から受け止める姿勢はあまりにも眩しい。そこにつけ入ることでなんとか自分を救おうとする主人公の気持ちも痛いほど分かる。
最後に、私これ読んでてホント堪らなかったんだけど、いよいよ犬が地上から絶滅してしまいそうになる最終段階で、生き残ってるわずか数匹の犬は人間から隔離されるんですよ。その犬(ミーシャ)がね、ずっと入り口のドアを見てるんです。いつか飼い主が自分を迎えに来てくれる日をずっと待ってるの。もお!!もおなんか!!ウィルスに感染して死んでしまうとしても、地上から犬が滅びてしまうとしても、帰らせてあげなよ!!って泣きそうになりました。泣きました。
「最後のウィネベーゴ」は短編集で、表題作だけちょっと長いんだけど、後はすぐ読めるものばかり。最初の短篇「女王様でも」なんかほんの数ページだけど、私実はこれも大好きです。娘がサイクリストになるのを一族の女性全員で止めようとする話。「サイクリスト」が一体何なのかは読んでからのお楽しみ。
コニー・ウィリスは、「うんざりするような会話」を書かせたら本当に天下一品。長編だとそれだけ読んでうんざりしちゃう人も多いと思うけど、短篇だとぎりぎりセーフじゃないでしょうか。ダメ?あかんかった??いやまあ、さすがの私も「タイムアウト」や「スパイス・ポグロム」読んでるとさすがにうんざりしますが(これ読んでると結婚することすら嫌になる)、「女王様でも」の会話なんかは結構好きです。
最初にコニー・ウィリスを読むなら、うってつけじゃないかと思う一冊。表題作だけでも読んでほしーーー!!
『最後のウィネベーゴ』コニー・ウィリス(奇想コレクション 河出書房新社)