天使の記憶

2006年10月23日 読書
ISBN:410590020X 単行本(ソフトカバー) ナンシー・ヒューストン 新潮社 ¥2,100

新潮クレストブックス作品を読んでいつも感じるのは、「よく話が破綻しないなあ」ということです。
完成度が高いんですよね。出だしが面白ければ面白いほど、「この『お、イイな』っていう感じ……いつまで持つかなあ」と不安になるものですが、この「天使の記憶」の場合、冒頭で味わわされる感じが最後まで持続しました。「いま国民の関心が高いのは、政治よりもブリジッド・バルドー」というような、皮肉まじりの記述が基本的に最後までずっと変わらないんです。歴史の残虐性を孕んだ物語なだけに、そう語るのが最も最良だと、作者が判断したのかもしれません。全然違うかもしれません(ええええ)。もともとこういう文章を書く人なのかもしれない。その辺は分かりませんが、私はこの物語にはこの文章がいちばん最適な語り口だと思いました。

登場人物の3人、フランス人のフルート奏者ラファエル、その妻になるドイツ人のメイド、サフィー。彼女の愛人になる楽器職人で共産主義者のユダヤ人、アンドラーシュ。それぞれが抉り取られるような深い傷を負いながら、また負わせながら、パリを舞台に描かれる不倫劇。
余りにも凄惨な記憶のせいで死んだように精神の麻痺していたサフィーが、アンドラーシュに出会って唐突に息を吹き返したように瑞々しく輝き出すシーンは、なんて真っ当で、なんて素敵で、なんて愚かなんだろうと愛しさが込み上げる。

右岸と左岸の間を行き来するサフィーの軽やかな足取り、パリの街の静けさ、冷たい雨と暖かい唾液の交じり合うくちづけ。描写もとても好きです。

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