その昔、赤ん坊は赤ん坊職人が生地を捏ね、竈で焼いて作り上げていました。

へえー、そうなんだ。って普通に読めちゃうところがジュディ・バドニッツの凄いところだと思う(汗)。
とんでもないこと言ってくるくせに妙な説得力があって、最終的に「そうねえ。なんかそっちの方がいいかもねえ」と思ってしまう。「空中スキップ」に収められている短篇のひとつ、赤ん坊職人の話「ハーシェル」は、優秀な赤ん坊職人ハーシェルが、まるでパンでも作るかのように生地を捏ねて、寝かせて、じっくり焼いて、赤ん坊を作ってゆく過程が描かれている。この作業過程の描写が、錬金術めいていながらもとても現実的で、しかも不思議な暖かさに満ちているという素晴らしさに私はつい感動してしまった。「耳だけはつぼみの形に小さく丸めてあった。竈で焼かれるうちにそれがだんだんほどけて、花びらのように開くのだ」ってなんだこの面白い作り方(笑)。

「ハーシェル」もそうだけど、バドニッツは赤ん坊を題材に扱った作品が際立って秀逸。赤ん坊が生まれなくなった世界を描く、文字通りのタイトル「産まれない世界」のラストなんて、ちょっと眩暈を覚えるほど凄い、と思う。面白いのに切なくて、悲しいんだけど突き抜けた明るさがあって、これ一部の人にしか通じないと思うんだけど、羽海野チカの「暗記パン」の話読んだときを思い出したよ私は。あれもまた傑作ですね。「暗記パン」の話は「ハチミツとクローバー」の10巻に収録されてるので、未読の方は是非。

もちろん赤ん坊だけじゃなくて、女性の描き方もなんか、よく読むと独特だなあと思います。翻訳者の岸本さんも対談で言ってましたが、ステレオタイプという型に何の疑問もなく嵌って落ち着いている女性というのが、時に不気味だよね。という視点が、そこかしこにちらほら見えて面白い。どんなに揺らしてもピッと元の位置に戻る髪形とか、凄い笑顔と凄い短いスカートでまた物凄い開脚とか回転とか繰り広げるチアガールって「どう見ても究極に不自然」(笑)みたいな。この辺は「ステップフォード・ワイフ」にも通じる不気味さがあって私は非常に好き。チアガールたちの「スピリット」がどんどんエスカレートしていく「チア魂」は、そういう不気味さが炸裂してて面白い。これもまたお勧め作品です。

他にも、町からだんだん人がいなくなっていく静かな恐怖を描いた冒頭の短篇「犬の日」や、ある日突然「アメリカで最も平均的な男」と位置づけられた男性が、あらゆる大物(大手企業会社、大統領、映画監督、なんだかよく分からない女性たちの組織、神様)などから質問攻めにされる話「アベレージ・ジョー」など、奇想天外で面白い話ばかり。是非読んでいただきたい。

「空中スキップ」ジュディ・バドニッツ(マガジンハウス)

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