ショコラ

2006年7月18日 読書
ISBN:4048970135 単行本 ジョアン・ハリス 角川書店 2001/03 ¥1,050

ジョアン・ハリスの書く物語は大人向けのファンタジーって凄く分かります。甘いだけじゃないんですよね。何かを手に入れようとするたび容赦ない犠牲を強いてくるあたり、かなりシビアです。でも気がつくとそんな苦味の利いた味付けが病みつきに。ワインもショコラも、少し苦い方が美味いんだ(と言いきっちゃうよ私は)。

私は先に「ブラックベリーワイン」を読んでしまったけど、「ショコラ」の方が「神父対ヴィアンヌ」という対立がハッキリしていて入り込みやすいかもしれません。最初に読むなら「ショコラ」がお勧めです。魔法に彩られたわくわくするような始まりと、ヒロインのヴィアンヌという存在をなかなか受け入れようとしない現実と、少しずつ混ざり合って行く過程を面白く読みました。

チョコレートを始め次々登場するお菓子の描写もすーーーごく美味しそうでたまらない。これでもかーという凝った描写はもちろんだけど、ヴィアンヌの娘アヌークが当たり前のように毎日飲んでいるホットチョコレートが何より美味しそうである。ううううう、これ飲みたいなあ〜。
チョコレート店の店先に飾った「お菓子の家」を見に来た子供たちに「今度みんなに手伝ってほしいの。このお菓子の家を解体するとき、みんなで食べてちょうだい」と言い放つヴィアンヌ。これは!子供たち大興奮しちゃいますね!(笑)顔をパッと輝かせた子供たちの気持ちが読んでるこっちにも伝わってきて、思わず笑ってしまった。

そしてルーが、ルーが可愛い…。ボロ船を修理してすごく住み心地の良い船にしたんだ、大変だったけど。と愛情こめて話してくれる彼がもうたまりません。その後火事になって燃えてしまう船を、他の船に燃え移らないように蹴飛ばして下流へ流すルーもめっちゃカッコイイです!!辛いシーンなんだけど。意気消沈してるくせに「施しは受けない」って頑なになってる彼がまた…。ああう、ごめんなさい。どうしてもジョニー・デップだと思って読んでしまいます

映画版のような分かりやすいハッピーエンドではないので「えっ、えっ??ここで終わりなの??」と思ってしまうかもしれません。ちょっと切なさは残るけど、この先の素敵な可能性を秘めた終わり方で、私は小説版のラストもなかなか好きです。

石ノ森漫画館

2006年7月17日 日常
彼氏とその友達やらその友達の彼女やらと、「石ノ森漫画館」に行ってきました。

石ノ森章太郎さんの作品については…あんまり…じっくり読んだことないんですが…(汗)、さすがに仮面ライダーとか009、ロボコンなどといったキャラは知っております。ポワトリンとかレッドビッキーズまで知ってるのは年ですか。個人的に一番思い入れがあるキャラ(というか番組)は「ペットントン」なんだけど、ひょっとしてこれが一番マイナー?歌がとても好きだったんだけどな〜(って永作博美も言ってたよ)。

こんなアバウトな知識の私が言うのもアレですが「石ノ森漫画館」面白いですよ。「仮面ライダー」とか、シリーズものそれぞれの「設定」読んでるだけでも凄い面白いもの。「なんじゃそりゃああー!」と突っ込み入れたくなるものから「おおお、斬新だ」と感心するものから「い、意味がわからない…」と頭を抱えるものまで選り取りみどり。個人的に、「卒論を書くために地球に来たヒーロー」っていうのが凄いツボに入って大変だった…。
あちこちで映像がいっぱい流れてるので、思いがけず懐かしい番組に出会えたりするのも楽しい。「うわー島崎和歌子だ!!」(※魔法少女ちゅうかないぱねま)とかね。もっとも私だけは、島崎和歌子の後ろで踊ってる斉木しげるに夢中だったが。

展示のあちこちに仕掛けがあるので、子供たちも退屈しないんじゃないでしょうか。私は大人しか見れないような高い位置にある「のぞき穴」(ここだけちょっとエロい画が見れる)にまったく背が届きませんけどそれが何か?彼氏に持ち上げられてやっと覗けました(そこまでして見たいか)。手塚治虫さんの描く女性はピノコですらドキドキしちゃう私なのに、石ノ森さんの描く女性は色っぽいにも関わらずそんなにドキドキしないのは何故だろう。石ノ森さんの描く女性って、私から見ると「エロ」っていうより「健康的お色気」という感じなんだよな。由美かおるの入浴シーンみたいな。でも作品あんまり読んでないから、思い入れがないせいでそう見えるだけかもしれません。まあそもそも、ピノコでドキドキしてる私に「エロい」だの「エロくない」だのの判断を任せて良いのかという…。

漫画館出てからはウニ、イクラ、ホタテ、その他お刺身盛り合わせなど食べて帰りました。すんごい美味しかったです。「しじみアイス」だけは物凄く不味いので食べない方がいいですよ。

WANTED

2006年7月16日 読書 コメント (2)
子供の頃、講談社で出してる児童向けの名作シリーズが苦手でした。ちょっと難しい言葉が出るたびに横に注釈がしてあって、多分この丁寧な注釈が売りだったと思うんですが、注意力散漫な私はそういうことされると物語に全然集中できなくなってしまうんです。
でもまあ、しょうがないので田中康夫かお前はとかブツブツ文句言いながら読んでましたけどね。すいませんそこは嘘です。

今日久しぶりに図書館でその名作シリーズを開いてみて、「うわーこんなに字が大きかったのか」ということに打ちのめされました。子供の頃はすごく字がいっぱいの本に見えたものでしたが。今だったらあっという間に読み終わっちゃいますね。

子供の頃に読んだ本で、実は未だに探してる本があるんです。もっと真剣に探せば多分見つかると思うんですけど、いかんせん適当に探してるので全然見つかりません(当たり前だ)。今日はここでWANTEDするので、もし該当作品に心当たりの方がいらしたら是非ご一報ください。

作者の名前もタイトルも分かりません。海外の少女向け小説で、たぶん英語圏の作者だと思います。女性作家です。あとがきを読んだので覚えているのですが、「子供の頃の気持ちや記憶を今でもほとんど忘れていない」というようなことを言っていて、作品にそれがすごく良く出ていました。子供の私でも感心するくらいに(笑)。本国でもなかなか手堅い売れっ子作家、みたいな解説をされてたような気がします。主人公は多分10才くらいの女の子。もうちょっと上だったかも。ジェニファーとかレベッカとかいう普通の名前です。カレンだったかもしれないなあ。「カレンていうのはあんまりニックネームが付かない名前」みたいな記述があったような気がするんですが、別の作品とごっちゃにしてるだけかもしれません。
私が読んだ話で印象に残ってるのは、両親に離婚の気配が色濃くなってきて、主人公の女の子がなんとか思いとどまらせようとする話。ここで彼女が必至で考える計略が、本当に切実なんだけど浅はかで、キュンとくるんです。自分が図工の時間に作った船の模型(すごく良い出来だった)を家に持ち返って、是非お父さんに見てもらいたいと言おう。そうしたらお父さん(現在は別居中)は家に入ってきてくれるはず。そしてお母さんと顔を合わせて話をして、何もかも元通り上手くいくんじゃないか。そうだ、絶対そうなる!こういう子供独特の思考、理屈、思いつき、むちゃくちゃな理論の上に成り立つ信仰、みたいなものを、すごく的確に描いていてびっくりした思い出が。彼女が先生に「どうしてもあの船の作品がいるんです!あれが必要なんです!!持ち帰らせてください!!」って先生にお願いするときの切実さも胸に迫るが、最終的にそんな船の作品など何の役にも立たない現実に直面したときに、「そうだ、こんな簡単なことが何故分からなかったのだろう。いや本当はずっと分かっていたのかもしれない。私の考えでどうにかなるような状況ではないのだ」と瞬時に冷静に理解するヒロインを描くとこが凄い。上手い。私の書き方だと大袈裟に伝わりそうですが、ホントはもっとあっさり書かれてたはず。

手掛かりはこんな程度です。挿絵はあったような気がするんですが、ハッキリ「絶対あった」とは言えません。子供の意識では「中篇小説」という長さで捉えてましたが、多分今読んだらもっともっと短いでしょう。同じ作者の他の作品も2冊くらい読んだと思うんですが…。

ちょっと難しいと思いますが、お心当たりのある方は是非一報をお願い致します。
ISBN:4062750619 文庫 L.M.モンゴメリ 講談社 2005/04 ¥820

早速図書館に行ってきました。迷った末に結局「赤毛のアン」を読むことに。名作の児童書はいっぱい訳が出てるので、どの訳を選んでいいものか迷います。その点「アン」は大人向けの完訳があるので良いですね。

まだ冒頭しか読んでませんが、怒涛の如く感動的に喋りまくるアンに対して、退いてしまう読者が少なくないのも頷けるなと思いました。神経症起こしてるときの私の症状にすげえ似てます(笑)。でもこれは、今までアンがどれだけ酷い環境にいたか考えれば十分納得いきますよ。子供の頃は「うわ、なんじゃこいつ」としか思えなかったけど(子供ってたまに、自分と同世代のキャラクターに対してめちゃめちゃ手厳しくなることがある。大人にとっては「天使のように無邪気」な『少女パレアナ』も、子供にとっては「愚鈍で恥ずかしい子」だったりするのだ)、今ならマシューと同じ「そう悪くない。私は、なかなか嫌いじゃない」という好意的な目で見ていることに気付く。

少女小説って、子供の頃に読むより大人になってから読む方がぐっときたりしちゃうんですよね。「魔女の宅急便」を、子供たちはけろっとして見てるのに、付き添いで見てるお母さんがわんわん泣いちゃうっていうのはよく聞く話。私も今見たら絶対泣きます(笑)。子供の頃は「んー、もうちょっと面白いと思ってたー」とか言ってたくせにね(冷や汗)。
ISBN:4309204597 単行本 川端 有子 河出書房新社 2006/04/21 ¥1,680

この本に載ってるエセル・フランクリン・ベッツの描く「小公女」の挿絵が物凄く素敵なので是非見てほしい。特に屋根裏部屋からヒビだらけの器を抱えて、外に顔出してるセーラが最高。物凄く誇り高いというか強情そうで、オドレイ・トトゥを思わせる横顔には一筋縄でいかないクセモノ感も漂っており、素敵だ。これはもう、完全に原作のセーラですね(原作の挿絵なので当たり前ですが)。ぜっったいに泣かなそうです。

私もそうなんですけど、子供の頃にハウス名作劇場で「小公女」を見てるとどうしてもセーラに対して「虐げられる可哀相な少女」という強い思い込みが出来てしまっています。だから原作を読んで「あ、けっこう、言うなこいつ」とか思ってもそこだけキレイに無視されて、アニメのイメージと重なるとこだけ強く記憶に残ってしまうんですよね。アニメの大人しいセーラと違って、原作のセーラは気が強くて癇癪持ちで、ミンチン先生をやり込める皮肉も吐くくらいの気丈な少女であります。これは別に「小公女」に限った話ではなくて、他の作品もアニメ化にあたって多かれ少なかれ脚色されているものなのでしょう。私がハウス名作劇場版の「若草物語」(TV放送タイトルは「愛の若草物語」)をあまり見られなかったのも、原作より戦争色が強かったせいじゃないかと今になって思います。

なかなか本題に入れません(汗)。「少女小説から背買いが見える―ペリーヌはなぜ英語が話せたか」とても面白く読みました。「若草物語」「家なき娘」(アニメ版では「ペリーヌ物語」)「小公女」「赤毛のアン」「あしながおじさん」などの有名な少女小説。それらのヒロインたちが社会に対してどんな存在であって、どのようにして社会に組み込まれていくかを追うだけでもとても面白いのだけど、それぞれの作品がお互いに政治的、歴史的に関連を持って繋がり始めると、また今まで見えてなかった背景が見えてきて凄く新鮮。私はひとつの作品に対して感傷的に入れ込みがちなので、こんな風にもっと別の大きな視点を与えてくれると、思いきり世界が広がったようでわくわくします。ひとつひとつの作品を説明しながら「繋がり」を論じるのって大変だと思うんですけど、とても的確に構成してあって分かりやすかったです。

この本の本筋にはほとんど関係ないんだけど、なんてことない小さな指摘も実は好きでした。「若草物語」のメグを苦心の末ドレスアップさせる詳細な描写なんかをとりあげて、こういう、工夫しておしゃれをする楽しさ、みたいなディティールは、「実は結末よりはるかに読者の心に残っているらしい」と書いてあるのも、「ああー!わかるわかる!」って言いたくなります。S・ヴァン・アビーの描く「貴婦人のように着飾らされたメグ」なんてまるでスカーレット・オハラみたいで、もう、うっとりして見てしまいますよ。あとメイドの生活事情とか赤毛の系譜に関するコラムも面白かったです。

引用される物語は内容を追いながら解説してくれているので、未読の本があってもまったく大丈夫です。でもこの本読んだら急に興味がわいてきて、すぐにでも少女小説を読みたくなるかもしれません(笑)。

2006年7月14日 日常 コメント (4)
鼻から水を吸い込んで口から吐き出す、という「鼻うがい」がどうしても出来ません。

子供の頃に「そんな凄い技があるのか」と吃驚して以来何度かトライしてるんですが、いっつも目と鼻の奥にガツーン!!と凄い衝撃が走ってばかりで、「ぐはー!!目が!!目がー!!」とか言いながら洗面所でのたうち回っています。ラピュタが崩壊するときのムスカ状態。「鼻うがい」を上手に出来る人には分からないでしょうが、これは失敗したときの衝撃がホントに凄まじい。インドラの矢とか命名したいくらいの衝撃である。心底苦しんでるってのにしょうもないことしか思いつかなくてすみません。

ちなみにうちの学生は、大量の水を一気に飲み込んで、下を向いた途端鼻からドバーーーーッ!!っと水が溢れてきたそうですよ。蛇口ひねったようにだくだくと。その画を想像したらもう可笑しくて可笑しくて、カウンターの外に聞こえるのも憚らずに笑いましたよ。ぶはははははは!!
ISBN:4167277204 文庫 向田 邦子 文藝春秋 2003/08 ¥460

お友達のハヤシヤさんが、職場で「向田邦子が好き」と言うたびに橋田壽賀子と間違われると憤慨しております。有名な脚本家同士ってことでごっちゃにされちゃうんでしょうか。私は橋田壽賀子作品をよく知らないので、親に「向田邦子と作風似てるの?」と聞いたら「全然似てないよッ!」と一喝されました。ハヤシヤさんの職場のみなさん、似てないそうですよ。

全然違うのにごっちゃになる人とかごっちゃになる作品て、たまにありますよね。私は子供の頃

岡崎京子と桜沢エリカと中尊寺ゆつこを全員ごっちゃにしてました。

岡崎京子と桜沢エリカを間違うというのはよく聞くけど、中尊寺ゆつこまで加えて更に混乱してるあたりいかにも私らしい。峰竜太と竜雷太はよく聞くが、そこにみのもんたも加えたような感じか。明らかに違うだろ、と普通は気付くところ。

弟とはいつも「クワイ河マーチ」と「大脱走マーチ」を間違うのはしょうがないよね、と言い合っています。「トロイメライ」と「別れの曲」を間違うようなもんじゃないか。いやちょっと違うか。

吉野朔実のマンガに馳星周が好きな人から「夜光虫」と間違えて「漂流街」を貸される、というエピソードが載ってましたが、これも分かる気がします。タイトルだけなんだけど。

そして私の友達は馳星周の名前をいつも思い出せなくて「ほら、えーと、名前なんだっけ、笠智衆、みたいな感じの!思い出せよ!!」とキレやがります。笠智衆と言われて馳星周なんて出るか。

間違う方に悪気はないんだけど、自分の好きな人とか作品とかを全然違うものと間違われると腹立たしいのも事実だな。みなさん気をつけましょう。というか私が気をつけよう。言ってるそばから村上春樹と保坂和志の写真を見間違えたのは内緒(だって似てるんだよ顔が!!)。
「贋作・罪と罰」の再演話を聞いたときは即座に「どうアレンジしたってあれ(初演バージョン)を越えるのは無理だろう」と思いました。なんたって主演が大竹しのぶだったのだ。大竹しのぶ以上のインパクトと実力を持ってる女優なんて他にいるか?と。しかし主演が松たか子だと聞いて

「あ、なんか、それは、とても良さそうな気がする」

と、あっさり意見を覆し(いい加減だな相変わらず)。そうか松たか子か、その手があったか。ヒロインの三条英(さんじょうはなぶさ)のイメージでいったら、確かに大竹しのぶより嵌ってると思う。それに松たか子は演技力でいっても何気にかなり上手い(と思う。舞台でばかり見てるのでちょっと贔屓目になってる可能性もあるが)。そして何より、私好みだ

こうなってくると相手役が気になりますねー、そうですねー、前作では筧利夫さんでしたっけ?素敵でしたよねー才谷さん。キレまくってて変な奴で。で、今回はどちら様がおやりに?え?古田新太?

へー……。

あと15年、いやせめて10年若かったら…全然文句ないんですけどね…。そか、うむ、いや、なんというか、他に的役がいなかったということなんでしょうか。ちょっとこの配役だけは「妥協案」て感じだなあ。古田新太自体は私も大好きなんですが、松たか子の相手役となるといまいちチグハグなような。ホント若い頃の古田新太なら全然問題ないんだけど(しつこい)。

で、実際お友達にDVD借りて見てみました。おおおお、面白かったー。「円形劇場」と聞いたときにはどうなることかと不安に思ったが、そんなのまったく杞憂であったよ。前回に引けを取らない良い演出だったと思う。キャストもそれぞれ嵌ってて良かったし。私は初演にめちゃめちゃ思い入れがあるのでつい初演のキャストと比べてしまうのだが、そういう目で見てもほとんど全員問題なく、満足のいく思い。個人的に目付護之進役のマギーが良かったと思う。古田新太も、やっぱり、容貌的にちょっと無理あるなとは思うけど、勢いに乗って見れば大丈夫です(ホントかよ)。

「贋作・罪と罰」を初演(と言ってもTV放送)で見たとき、私はまだ学生で舞台にも疎く、「野田秀樹」という人をあんまり知らなかった。「そういや大竹しのぶの子供の運動会に来てたかな?」程度。だから彼が三条清役で舞台に出てきたときもさっぱりピンと来ず、

「この作品、凄く面白いけど、この役者(野田秀樹)じゃなかったらもっと面白かったんじゃないかなあ

などという、いろいろな意味で凄いことを平気で口走っていた(汗)。素人というのはたまに、「みんなが思ってるけど口には出せないこと」をあっさり言うので恐ろしいものです。

初演バージョンを繰り返し繰り返し見てるせいで、セリフが頭に入っちゃうくらい内容を把握してる私ですが、再演バージョンもとっても面白く見ることができました。満足。やっぱ松子(松たか子)の英は嵌り役だったなあー。

ちなみに私は原作「罪と罰」(ドストエフスキー)も大好きです。
ISBN:4087474399 文庫 東野 圭吾 集英社 2002/05 ¥1,050

久しぶりに日本人作家読みたいナ☆と思って東野圭吾の「幻夜」を読んだら「白夜行」の続編だったという……。まったく。慣れない領域に手を出すとすぐこれだよ。

続編だからといって「幻夜」だけ読んでも面白かったですけどね。あれはあれで独立した作品として読んでも、まったく問題ないと思います。ただちょっと、「なんでそこまでして…」という腑に落ちない気持ちが残ったので、もしかして「白夜行」読んだら分かるのかな、とこちらも頑張って読みました。なかなか重量感のある二段組み本を立て続けに2冊……疲れました、本当に疲れました。疲れるんだけど気になってどんどん読んでしまうんですよ。よくこれだけ読者を引っ張れるな…と、疲れた目を抑えながら本当に感心してしまった。
やっぱり「百夜行」の方がスイスイ読めますね。「幻夜」も読みやすいんですが、途中で雅也が生肉や生魚を食べられなくなるでしょ。あの伏線で、「うわ、どんだけえげつないことしたんだ…。その場面て……後で絶対書かれてるんだよな。私そこ…読むんだよな(汗)」って、かなり怯えながら読んでました。実際その問題の場面を読むと「あ、お、思ったより大丈夫」でしたが(笑)。こういう、何があったかあっさり書かないとこも基本だけど上手いですよね。すぐに書いてくれてたらこんなに怖くないんですよ。何があったか分からないから、いろいろ凄いこと想像しちゃって自分で自分を怖くしてるんですよ。そしてこの恐怖心に打ち勝つには、実際に何があったかを知るしかないんですよ…。ううううう、どうしても読まなきゃいかんではないか。

他のブログの方も書いてましたが、私も「幻夜」は間にいろいろ他の本挟みながらじゃないと読めませんでした。人を陥れる策略とその実行を何度も何度も読んでると……なんかこっちまで気持ちが荒んできて逃避したくなります。続きが気になるからどうせ戻るんですが。ちょっとずつ小刻みに逃げながら読みました。「かりあげくん」の単行本がこんなに役に立つとはねえ(そこに逃げてたのか…)。
「白夜行」の方はそういういことしないでも読めました。「幻夜」の後に読んだのである程度慣れてきた(麻痺してきた)せいもありますが、主人公二人の心理がほとんど描かれてないのが楽だったからだと思います。これ、もし描かれちゃったら、とてもじゃないけど読めない…。「幻夜」が苦しいのは、雅也の苦しさが読者に伝わってしまうからですよね。

「白夜行」「幻夜」に共通する特徴として、物語の背景である時代の有名な事件や流行が描かれている、という点があります。オイルショック、インベーダーゲーム、阪神大震災、地下鉄サリン事件など。物語にかなり関わってくることもあるし、単にちょっとサービス的に描かれてるだけのものもある。でね、それらの中に「『ツイン・ピークス』ブーム」もちゃんと入ってるんですよ!!「ツインピークスブームのせいでケーキ屋のチェリーパイが売れてる」って、それだけなんですけど(もちろん作品の本筋とは全然関係なし)。ほらねー、ツインピークスってホントにちゃんとブームだったでしょー??私だけ嵌ってたわけじゃないのよー?!これを学生のみんなに言いたかった。それだけ。それだけのためにこんなにいっぱい余計なこと書いてごめん。

ところで2冊とも読み終えてから気付いたんですが、これ、ドラマ化してたんですね??いやー、どうりで学生が借りていくわけですよ。2段組の厚い本なんて滅多に貸し出しされないのに変だなーと思ってたら、そういうことだったんですか。いやはや、TVの力は凄い。そこにまったく気付かない私もある意味凄い。

最後に警告ですが、「白夜行」「幻夜」ともに読後感は悪いです。スカッとした終わり方だけは期待しない方がいいですよ。じんわりと広がる後味の悪さが、なんか、この作品の持つ暗さを誠実に表しているのかもしれない。
「うる星やつら」のラムちゃんて、私は幼稚園の頃から見てるので何とも思わなかったけど、よく見たら

すげえ格好してますよね。

なんで今更そんな話かというと、あの、結構前なんですけど、押井守監督の「ビューティフルドリーマー」を見たときにちょっと衝撃を受けたからです(まさに電撃に打たれたような)。

当たり前なんだけどアニメって色がつくから、なんか太ももとかの肌色がめちゃめちゃ生々しく見えたんです。マンガで読んでる時は何とも思わなかったのに、「これはエロい」と(笑)。しかもあの露出の高い格好で、普通に

和室にいるんですよ?

この違和感ていうか何ていうか。「必然性のないとこで水着」的イロモノ感というか。いや凄かったですわ。こんなこと思ったの私だけかもしれないけども。

どうでもいいですが「うる星やつら」でいちばん好きな女の子はランちゃんです。あの「小賢しくて邪魔」なとこがとても他人とは思えなくて…。作者からもあんまり愛されてると思えない、あたるも適当にしか口説いてない、なんかそんな「蔑ろにされてる感」も好きである。あとは私の好きなダッチワイフ顔だから。以上です。
秘密日記に書いたつもりが、思いっきり表に書いておりました。
気を悪くされてたら申し訳ありませんでしたm(_ _)m
学生に

「自分の彼女の字が汚かったりとか、
 箸の持ち方が『握り箸』だったりしても平気?」

と聞いたところ

「平気ですね」

とあっさり答えられて軽い衝撃を受けております。そこへ更に追いうちかけるようにこんなお返事。

「字を見る機会ってそんなにないじゃないですか。
 食事って言ったって高級なとこ行かないし」

そ、そうですか。そうね、そう言われちゃうとお姉さんもう何も言えないっていうか……。

いや正直、私は字が凄く汚い人とか箸の持ち方が極端に変な人と付き合える自信がまったくない。あの、外国人とか帰国子女とかだったら分かりますよ。手の機能に障害がある人なんかも勿論除くとして。
私の場合、別に恋人じゃなくて同性の友達がそうでもかなり引くと思うんだけど…。年代の差?社会人と学生の違い?単に私が拘り過ぎてるだけ??

あ、いや別に、箸に拘ってるわけじゃないんですよ。手で食事する文化圏に育ったとしたら、やっぱり「手で汚く食べる人」より「手できれいに食べる人」の方を何故か信用してしまいそうです(笑)。
うーん、分かってるんですけどね、字が上手な悪人とか食べ方がきれいで人格最低の人とか、いっぱい知ってるし(笑)。でも反射的に、汚い字とか変な食べ方とか見ると「ギョッ」としてしまうんです。「大丈夫か?!この人、大丈夫なのか?!」と思ってしまうんです。私自身も毛筆だと本当に酷い字しか書けない上に、ナイフとフォーク上手く使えないにも関わらず。お前こそ大丈夫なのかと方々から突っ込まれそう。

「字とか食べ方とかより、
 趣味が合うかとかフィーリングが合うかとかじゃないですか?」

なんか、うーん、字がきれいとか食べ方きれいとか、もしかして若い男子にとっては「すげえ肌がキレイなブス」とか「めっちゃ髪キレイなオバハン」とか、その程度にしか受け取られないのかもしれんな。「だからどうした、ブスはブスだしオバハンはオバハンだろ」みたいな。あんまり重要なスキルじゃないのか。字が汚くて食べ方も汚いけど美人の若い女子は、若い男子を狙うといいと思いますよ。言われなくてもそうしますね。

※言うまでもないですが、「いやオレは、字汚いと引きますよ」って言う若い男子も少なからずいましたので、「若い男子」って言っても総てがそうだって意味じゃないです。

ご協力ありがとうございました>私の周りの若い男子たち
図書館の壁にかかっているスケージュール表には、その日当番の人の名前が頭文字だけカタカナで書かれています。私なら「ロクハナ」なので「ロ」というように。ちなみにうちの社員さんは、「梅垣さん」と「舟木さん」なので、頭文字のマークだけ続けて読むとこうなります。

「ウフフウフウウフウ、ウフフウ、ウフウフフウフウウフ」

あははははは。

わははははは。

「面白いですね」

「つられて笑ってしまうね」

こんなことで学生と笑い合っている。今日も平和。

夢の中へ

2006年6月28日 日常
「よく見る夢」の上位ランキングに必ず入って来る、「追いかけられる夢」というのを、私はほとんど見ないんですよ。その代わり「追いかける夢」を見る率が尋常じゃない。これは、ホントに

疲れます

追いかけられる方も疲れるでしょうが、追いかける方もやっぱり疲れます。なんでこんなに疲労困憊して追いかけなきゃいけないかっていうと、追いかける相手が「逃げきれる」と踏んでるのが気に入らないからです。私を軽んじているというか、なめてるんですね。夢だけど(夢だから)分かるんですよ。それで普通ならもう諦めるだろうってところにきても、絶対諦められない。追いかける相手との間にいくら差が開いても走りつづけるしかないんです。大抵は、私がいつまでも追いかけることで相手がぎょっとします。いつもそこまでは行けるんですけどねー。捕まえるとこまで行かないんですよね。捕まえて2、3発ぶん殴ってやるのが夢なんですが。できれば顔面を。逃げている相手は大抵いっつも、若い女です。顔立ちも良い方です。何故か声まで無駄に可愛いです(一度「まだついてくる!」と叫ばれたことがあるので知っている)。誰なんでしょうねこの女。向こうは向こうで、私に追われる夢にうなされている、なんていうしょうもないオチだけはごめん被りたい。

ところでいちばん意味不明なのが、その逃げてる女に向けて私が発するセリフ。

「『自分を好きにならなきゃ他人を好きになれない』って
 どうしても言いたいならー!!
 『自分を嫌いにならなきゃ他人を嫌いになれない』っていう
 理屈も合わせて使えぇー!!」

夢の中でまで変なとこに拘りを見せる私。そりゃ相手だって逃げたくもなるだろうなって、起きてからちょっと思う。
ISBN:4150115672 文庫 チャールズ・ストロス 早川書房 2006/06 ¥987

宣戦布告。ノーヴィ・ペトログラードの丸石畳に雨あられと降り注ぐのは、大気圏を突き抜けてきたおびただしい数の

………電話

………電話て。

電話て。

なんてことを。

面白いじゃありませんこと?

全然買う気なかったのにうっかり買ってしまったじゃないか。予備知識ゼロ。読める自信ゼロ。ハードSFだったらどうしよう。そんなことも分からずに買ったんですか。そうですよ。ヒューゴー賞ってなんでしょう。よく聞くけど実態がわからない。ローカス賞にいたっては聞いたこともない。ああ。
自慢じゃないがハードSFはグレッグ・ベアしか読んだことないですよ。それも1冊だけですよ。ウィリアム・ギブスンはあっさり挫折しましてよ?こんな私でも大丈夫なんですこと?動揺のあまり言葉が大変オカシイ感じに。しのごの言わずに読めってんですか。ごもっとも。万が一読めたら感想書きます。わたくしの健闘を、心から祈る。オーバー。
DVD ブエナ・ビスタ・ホーム・エンターテイメント 2003/11/19 ¥4,935

私は映画を見てると、内容を全然理解してないくせに夢中になっていることがよくあって、何年もたってから「うわあ!そういう話だったのか!」と気付き、驚くことがしばしば。

いちばん理解するのに時間かかったのが多分「風の谷のナウシカ」のワンシーン。ナウシカが王蟲と交信(交感?)するシーンです。あの、湖だったか、王蟲の巣のあるところに不時着して王蟲にかこまれ、黄色い触手みたいなのでナウシカが包まれるシーンありますよね。ラストシーンじゃないですよ。ラン、ランララランランラン…ていう曲がかかるところ。あそこでナウシカが王蟲から離れるときに「あの人が生きてるの?!待って!王蟲!!」って叫ぶでしょう。この「あの人」っていうのが誰なのか、ずいぶん後まで分かりませんでした。これ、アスベルのことだったんですね。そういや直前にアスベル腐海に落ちてました(すっかり忘れてた)。だからクシャナと城オジたち残してアスベル助けに行ったのか。今見ると「そうじゃなきゃ何しに行ったのよナウシカ」ってあっさり分かるんですけど(当然ですね)、最初に「ナウシカ」見た当時は全然分かってなかった。分かってなかったけどすぐアスベルの救出劇が始まるので、そっちに夢中になって繋がりを考えようともしませんでした。

多分ここだけじゃなくて、他にもいろいろ分かってなかったと思います。なんでナウシカが人質としてトルメキアの艦に連れていかれなきゃいけないのか、とか。我ながら、平和なとこでぬくぬく育った「おめでたい」子供って感じですね。いくら幼かったとは言え、ちょっと鈍過ぎます。こんなに世界観分かってないのによく見られたな、と今になって呆れるやら感心するやら。それだけ秀逸な作品だったということではあるんでしょうが。

「あの人」がアスベルだと分からなかった、という話を学生にしたら、「ああ!あれってアスベルだったんですか。いま分かりました」と言われました。あ、やっぱり私がおめでたいだけじゃなくて、宮崎さんの演出が分かりづらいのかもしれない(汗)。
ISBN:4891946318 単行本 吉野 朔実 PARCO出版 2001/07 ¥1,365

読書マンガが有名な吉野さんですが、映画ガイドも描いてます。イラストいっぱいで吉野ファンも必見。

自分の好きなマンガ家(小説家とか俳優でもいいけど)と好きな映画一緒だったりすると嬉しいですよね。私この本でいちばん嬉しかったのがレブ・ブラドック監督の「フェティッシュ」(1996年アメリカ、Curdled)を褒めてくれてたこと。「あまり期待せずに足を運んで、当たりだった時ほど嬉しいことはありません」その通りでございます。「フェティッシュ」はまさにそういう映画です(笑)。宣伝にこれでもかってくらいタランティーノを出してきた映画だったので、タランティーノ監督の映画だと勘違いして見に行った人が大勢いたんじゃないでしょうか。私もその中の一人です。でもむしろ「勘違いして良かったー!」と(笑)。これは未だに人に勧めてしまう映画です。

アキ・カウリスマキ監督の「浮き雲」(1996年フィンランド、Drifting Clouds)の評価が高いのも嬉しかった。この映画の、「作ろうと思ってもなかなか出来ない」良さをすごく良く分かってくれていて、カウリスマキファンの私は思わず顔がほころんでしまいます。こういう映画って、一見誰でも簡単に作れそうな作品に見えるんです確かに。そこで勘違いして監督を侮る人も少なくないのに、さすが吉野さん、そんなこれ見よがしな罠には陥りませんね。妻と夫が少ないセリフのやり取りで一緒に家に帰るシーンで「これがどういうことかというと」と説明(※このシーンをちゃんと説明できるってだけで凄いことなんですよ。普通は「なんだか分からないけどまあ、分からないままでいいや」と無視しちゃうとこだと思います)した後、「これは人の関係として正しいと、そしてせつないと私は心を打たれました」と感想を書いているのが、吉野さんらしくてイイなと思いました。

コーエン兄弟の作品に関して吉野さんの評価が大割れで(「ブラッド・シンプル」が「嫌い」、でも「バートン・フィンク」見たら「凄く面白かった」。で、「未来は今」を劇場まで見に行ったら「ぜんぜんだめ」)、「もうこの人たちって何なの?才能あるの?無いの?」と混乱してる様子も面白い。これコーエン兄弟ファンの方なら「わかる分かる」って言いたくなりませんか。私もやっぱりファンなんですが(いかにも好きそうってよく言われる)、新作見て「アレ?」ってことも少なくないので(笑)。非常に良く分かる混乱っぷりでありました。

読書マンガでもそうですが、吉野さんの凄いところは本当に広い範囲に手を伸ばすことですね。この本もメジャーからマイナーまで、あらゆる国の映画が紹介されてます。「食わず嫌いは止めよう」っていう努力と柔軟さもさることながら、「良い意味で裏切られた」時の嬉しさを忘れない人なんじゃないかと思いました。ああいう嬉しさってちょっと、感動的なんですよね。自分の見識が間違ってたのに嬉しいっていう、珍しい例。偏見にまみれて食わず嫌いしてると、なかなか獲られないものです。「全然期待してなかったけど面白かった!」こういう経験の積み重ねって、人を謙虚にするのに一役かってるんじゃないでしょうか(笑)。

最後に、クローネンバーグ監督の作品について「へんてこな映画ばっかり作ってます」が「どこか鈍くさいところが、あまり研いでいない出刃包丁で刺されたようないやーな痛みを持っていて、しかし本人の性格か『私は真剣に面白いと思ったものを作っているんだよ』という切実な変態さにほだされ、気がついたらほとんどの作品を観ていました」と書いてあるのが笑えたのでここにも書いておきます。
ISBN:465207803X 単行本 森 達也 理論社 2004/12 ¥1,050

良書が多いと評判の「よりみちパン!セ」。ほんとに説明が分かりやすくて助かります。TV番組で魚市場はしょっちゅう取り上げられるのに、どうして食肉市場が取り上げられないのか。解体という映像がショッキングであることは確かだが、それだけなら編集を工夫してショックを和らげれば良い。魚だって生きているときに切れば血はいくらでも出るのだから、これだけがTV放送されない理由ではないだろう。放送を妨げているのは実は「残酷だから」といったような理由だけではなくて、「部落差別問題」があるということ。
東北に住んでるとなかなかピンと来ない(人が多いと思います。私もそうです)問題なのだけど、これがビックリするくらい根深く絡んでいて唖然としてしまうかもしれません。
おお!そうだったのか!と納得のいく説明が聞けて私は非常に満足。明日からも元気にお肉を食べます。

ポイズン

2006年6月20日 日常
「English Journal」でキアヌ・リーヴスのインタビューを見つけ、「お」と思って手に取ったものの、ぱらぱらと読んだ感じで

ろくなこと言ってない

ことに気付き棚に戻しました。まあいつものことなので別にいいんですが。ちょっと付録CDの声は聞きたかった。私はみんなから「聞き取りにくい」と罵倒される、あの人の平坦な喋りが凄く好きなのだ。
私とキアヌの出会いは(こんなのどうでもいいでしょうが言いたいから聞いて。プリーズ)多分「ドラキュラ」です。また微妙な作品ですみませんホントに。「この…やけにお顔立ちの整った男子は…どちら様で?」と思い、彼が喋り出した途端

こんな(ダイコン)役者使っていいのか

と思ったことを鮮明に覚えております。エンドクレジットで「キアヌ・リーヴス」という名前を見たときに「あーなんだキアヌか。どうりでかっこいいわけだよ」と納得した記憶があるから、多分顔と名前だけは「ドラキュラ」以前から知ってたんでしょう。リバー・フェニックスと「バナナフィッシュ」世代の私(たち)にとっては、「マイプライベートアイダホ」の浸透率もそこそこ高いのだ。いや周りにそういうの好きな女子(フジョシと言うのか?)が多かっただけかもしれない。真相は分からない。
少女時代に「スタンドバイミー」を見逃し、「バナナフィッシュ」の波にも乗りそこねていた私はリバー・フェニックスに嵌るきっかけを完全に逃していた。私だってカッコイイ男子を好きになりたいんだ。ならせてくれ、ならせてください。とにかく誰でもいいから現れてください。お願いします。日々そう願って生きていた。要するに暇だった。
そこへ本当に現れたのが黒髪の貴公子(千秋?)、私のサイラス・アーミンスキン(あと20才若けりゃね)、黙ってつっ立ってりゃカッコイイ(でも喋るとアホ)、キアヌ・リーヴス。ありがとう神様ありがとう。生まれたての愛を、永遠に大切にするから(SPEED)。みたいな感じでちょっぴり好きになりました。ちょっぴりかい。
その後いろいろ浮気して、更にまたいろいろ浮気して、紆余曲折した末、思い出したようにまたキアヌ熱戻ってきました。「たぶん夏までも続かんだろー」と思ってた熱気ですが、一応まだ持続しています。おそらく新作公開する辺りで冷めるんじゃないでしょうか(予言)。

キアヌ熱が戻る前、ハリウッドの俳優に疎い友達から「キアヌ・リーヴスって日本の俳優で言うと誰みたいな感じ?」と聞かれ

「大したことない。反町隆史くらい

などと平気で言い放っていた事は内緒にしといてください。特にキアヌには言わないでください。言いたいことも言えないこんな世の中じゃポイズン。そういうことにしてください。いっつも毒ばっかり吐いてるけど、本当は大好きです。あ、反町じゃなくてキアヌの方ね…。
ISBN:4061380621 文庫 Tove Jansson 講談社 1978/04 ¥470

何回読んでも面白いですね。中学校の頃に夢中になって以来、何度も繰り返し読んできました。変な奴ばっかりなのに、みんながそれぞれ「まあ、あいつはああいうやつだから」みたいに受けとめているところが可笑しくも暖かいというか、励まされます。誰一人孤独を妨げないところも好きですね。一人になるということをきちんと尊重してくれる。「みんなで遊ぶのも楽しい」「ひとりでいるのも素敵だ」っていう当たり前のことを自然にやってくれているので、読んでてとても楽。意外とできないんですよねこれ(笑)。

私はムーミンママが子供たちへのご褒美に「今日はみんなコーヒーを飲んで遅くまで起きてていいわ。いつまで起きてても『もう寝なさい』なんて言われないのよ」っていう提示をしたの、ちょっとちょっと吃驚するくらい感心してしまった。子供たちが何を喜ぶか、よく分かってるなあママ。
1巻の見どころはやっぱり、表紙にも出てるトフスランとビフスランのお話でしょうか。これはほとんどのキャラクターの「美しいものに心を奪われやすい」性質が出てて良いなあと思いました。
他にも、変な生き物に変身したり家がジャングルになったり大変なんですけど(笑)、どれも凄く面白いです。イラストもいっぱいあって、ムーミンたちみんな無表情で困ってたりするので、油断して見ると吹き出しそうになりますよ。ミィはまだ出てないので、ミィが好きな人はもうちょっと後の巻の方がいいですね。私は冬に台所から包丁を持ってきて靴に結わえ、湖でスケートを始めるミィが大好きでした。よくそんな面白そうなこと思いつくなあって感心した思い出が。屋根裏に自作のエレベーター(紐でひっぱる式)を作っちゃうミィもオトコマエでカッコイイですよね(笑)。

ムーミンはアニメ版もBSで放送したパペット版も好きです。

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